山をうごかしたおじいさん
むかしむかし、ある村に、愚公というおじいさんが住んでいました。年は九十に近かったけれど、心だけはだれよりもしっかりしていました。愚公の家の前には、大きな山が二つ、どっしりと立ちはだかっていたのです。
この山があるせいで、どこへ行くにも、ずいぶん遠くまで回り道をしなければなりませんでした。市へ行くのも、となりの人に会うのも、たいそう時間がかかりました。村の人たちは、いつも不便だなあと、ためいきをついていました。
ある日、愚公は家族みんなを呼びあつめました。「みんなで力を合わせて、この山を移してみては、どうだろうか。」家族は目をまんまるにしました。けれども、やがてこくりとうなずいたのです。
つぎの日から、愚公と家族は山へ出かけました。土をほってかごに入れ、遠い遠い海まで、ひと荷ずつ運びました。土をひとかご、石をひとつ。とてもゆっくりと、はじまったのでした。
それを見たとなりの人たちは、笑いました。「おじいさん、そんな大きな山を、いったいいつ移しおえるつもりだね。」愚公は、土を運ぶ手をとめて、にっこりとほほえみました。
「わたしが移しきれなければ、わたしの息子がつづける。」愚公は、おだやかに言いました。「息子がやりきれなければ、孫がつづけるでしょう。山はもう大きくはなりませんが、わたしたちはどんどん受けついでいくのです。だからいつかは、きっと平らになりますよ。」
となりの人たちは、その言葉に、つい口をつぐみました。愚公の心が、山よりもしっかりしていることを感じたのです。愚公と家族は、雨の日も雪の日も、ひとかごずつ土を運びつづけました。
年がかわり、また年がかわりました。山は少しずつ、ほんの少しずつ、低くなっていきました。だれひとり、そのゆっくりとした歩みを止めませんでした。
このまごころを、遠くから見まもっていた天が、そっと心を動かされました。「あの小さな人たちの心は、なんと大きいのだろう。」天は、そっと手を貸してやることにしました。
ある朝、村の人たちは、びっくり仰天しました。家の前をふさいでいた二つの山が、はるか遠くへ移されていたのです。道はぱあっと開けて、どこへでも、まっすぐに行けるようになりました。
人たちは、そのときようやくわかりました。終わりが見えないほどゆっくりした仕事でも、止まらずにいれば、いつかかなうのだということを。愚公のしっかりとした心が、山さえも動かしたのです。
愚公と家族は、開けた道を歩きながら、明るく笑いました。ゆっくり進んでも、ひと足ずつ続けていけば、たどり着けるのだと知ったからです。その村はいつまでもいつまでも、なごやかに、おだやかでした。
愚公が山を動かせたのは、力が強かったからではないんだよ。土をひとかごずつ、一日も欠かさず、こつこつと続けたからなんだ。
わたしたちのあかちゃんも、生きていくうちに、あんまり大きくて、終わりがちっとも見えない出来事に出あうときがあるでしょう。そんなとき、一度にぜんぶやってしまおうと焦らずに、きょうできるひと足を、そっと踏みだせる人になってほしいな。小さな一歩でも、止まらずに続けていけば、いつのまにか、あの大きな山もうしろへ退いているものなんだよ。
おとうさんは、あかちゃんのそばで、そのひと足ひと足を、いっしょに歩いてあげたい。ゆっくり進んでもだいじょうぶ。止まりさえしなければ、わたしたちはきっと、たどり着けるからね。